143.第二次講談協会分裂の真相

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(写真は「桂馬の高跳び」神田山陽著から)
<長谷川>それから又平成三年十月に分裂しましたね。
<芦州> これは、あたしと山陽さんとのあれですよこれはどうしてたかって云うと、あたしは、最初は関知してないんすよ。というのは、その当時の講談協会の会長は山陽さんで、副会長はあたしと貞丈さんなんで、そっすっと山陽さんはあたしを嫌ってますから、あれははっきり云うとね副会長だと言ったって大久保彦左衛門的存在で、何事も二人で相談すんです。あたしには、いつでも事後承諾でこうして決まりましたと、貞丈から電話で。あたしは一言も苦情をいいません。はいわかりましたって。
ある時に貞丈が山陽さんの弟子のまさるという前座を同伴喫茶に誘った。同伴喫茶でなんか枕双紙{註:ポルノ写真か?}を見せた。それをある奴が云いつけたのか、そいで「もってのほかだ、副会長が遣るべきこっちゃない」と、副会長に謹慎令がでた。そして薬研堀の寄席で、山陽さんは「あの人(貞丈)は色ぼけしちゃった。あたくしの目の黒いうちには絶対に復帰させません」。読売新聞にも「私は復帰させない」と喋った。それであたしが、あんた貞丈さんを復帰させないのと云ったら、こんどは四谷倶楽部の高座に上がってお客さまに「一龍斎貞丈は気が狂ちゃった、色に狂って・・・」。お客さんが、貞水、貞花に、おまえんとこの師匠があんな事言われてどうなってるんだ。そりゃ黙ってるわけにいかない。それで行ったわけですよ。ところが、山陽さんは「それに違いないだろう」って、おれは他人の事だから黙ってたら、そしたら一龍斎の方が今の環境(体制)が変わんなきゃうちの師匠は復帰できないと云って、練馬{註:六代目馬琴}と相談した。いろいろあって、このさい会長を変えようてんで、会長選挙になった。十六対七かな。そいで選挙が終わって、照山(神田照山)が「それでは新会長が誕生しましたので新会長から挨拶を」って云うから、隣に座っている山陽さんに「最高顧問かあるいは名誉会長か何か引受けて頂けないでしょうか、あたくしも始めてなる会長なので、どうすればいいかわからない事もあるので、お教えを伺いたいので引き受けて頂けませんかと云ったら「よろしゅうございます」それでは、名誉会長{註:最高顧問}を引受けて頂いたから、お手を拝借でしゃんしゃんで、別れたんです。
一晩寝て起きたら「芦州はあたしは認めません。会長として認めません。うちの弟子全部を連れて脱会します」とだ。そりゃあ、泡喰いましたよ。ちょっと話が違うじゃないですかと云ったら、「では対決をします」だ。
それで、神田の本牧亭の下で総会をやった時に来てもらった。そしたら会則が間違っている。会則に基づいて会長が立候補した。だから無効だと。その時に会長が云わない方がいいですよ、感情的になってはいけないからと、琴梅{宝井琴梅}君が云ってくれた。琴梅君は冷静ですから。「会則が間違ってるとおしゃってますが、会則は誰が拵えたんですか」「山陽さんが拵えたんです」琴梅君いわく矛盾してる。「会則が間違ってるというのは、今の会長が拵えたら知らないけど、あなたが拵えたのがあなたが間違ってるというのは、こんな子供じみた事を言っちゃこまる」そうしたら、個人攻撃を始めたんですよ。それをパット琴梅君が止めたんですよ。「個人攻撃はお止め下さい、そうすればお互い感情的になる。子供の喧嘩じゃありません」えらいよ琴梅は。山陽さんはなんにも言えない。「神田の方のお弟子さんたちはどうなるんですか」山陽さんは「こちらへ来たい人はあたくしは止めません。けっして大丈夫です」それで、翠月{神田翠月}と照山は来たんですよ。そしたら高座であの二人は裏切りもんだと。あの人は一晩寝ちゃうとわかんなくなるなあ。
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朝日新聞1991年(平成3年)4月4日
by koganei-rosyu | 2008-03-08 17:18 | 聞書き:自伝
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